左右の目の像がズレる複視の患者さんは[相手の顔が二つに見える]と訴えます。
ただし大角度の水平複視では、像のズレが大きすぎて、[二つに見える]感覚が薄まることもあります。
2か月前の交通事故による外傷性動眼神経麻痺で紹介されたAさんは、右目を完全に覆う眼瞼下垂(図上)に対する手術を希望しました。
しかし右のまぶたを指で挙上すると、内転不能の右眼は高度に外斜してほとんど動きません(図下)。
そこで眼瞼下垂手術後に生じる複視について以下のように説明しました。
眼科医:[下垂を手術して右が開瞼できるようになると、両目でものが二つに見えてかえって苦痛を感じます。眼瞼下垂の手術以前に複視を解決する眼位矯正手術を行うべきですが、その手術は簡単ではありません。]
Aさん:[しかし両目でみても先生の顔は二つには見えません。]
そこで右の眼瞼をテープで挙上固定して開瞼させて、しばらく周囲を観察してもらいました。
通常左右にズレて二つにみえるはずの像は離れすぎて[二つに見える]複視の感覚は乏しいものの、視界全体がずれて離れた場所の物体が[重なってみえる]混乱視の状態がつらいことは実感いただけました。
両眼の視軸にズレが生じて運動性、感覚性融像の範囲を超えると、2種類の視覚的苦痛 distressを生じます。
ひとつは左右眼の中心窩に異なる対象物が結像するconfusion[混乱視]で、もうひとつは同一の対象物が左右の視野の異なる位置で知覚されるdiplopia[複視]です。
Von Noorden GK. Binocular vision and ocular motility 6th ed: Mosby. p211, 2002
図上段のように時計の下にヒト、その左右に猫と鉢植えの木のある風景を大角度の外斜偏位のAさんが見ると、図下段のように大きく左右にズレた像が知覚されます。
その際、時計が2個みえる複視は像が離れすぎているためにあまり気にならず、ヒトに左隣の猫や右隣の木が重なる混乱視をよりつらく感じます。