• 眼科通院中の患者さんや眼科医向けの役立ち情報

無症状の退行性下眼瞼内反

医療の目的

心筋梗塞や癌を治療する医師にとって医療の目的は[生命を守る]ことですが、眼科医の場合は[失明防止]と[生活の質QOL(quality of life)の改善]が目的です。
放置すれば失明のリスクのある緑内障や網膜剥離、糖尿病網膜症など以外の眼病、たとえば網膜(黄斑)上(前)膜ERM(epiretinal membrane)https://meisha.info/archives/1863が仮にOCTで明瞭に診断されても、視力不良や変視症の症状がなくQOLの低下がなければ、手術の対象とはしません。
同じことは高齢者に多い[さかさまつげ]の原因、退行性(加齢性)下眼瞼内反https://meisha.info/archives/2281についてもいえます。

症例:79歳女性

Aさんは右目の緑内障で加療を続けていましたが、その経過中に右の下眼瞼が内反して眼球側に倒れ込み睫毛が角膜に接触する(下図左)ようになりました。

細隙灯顕微鏡での検査でこれに気づいた主治医のB医師は右の退行性(加齢性)下眼瞼内反と診断して内反症手術を勧めました。
そして術式に関するコンサルト目的で筆者の外来にAさんを紹介しました。

私:[右目がゴロゴロしたり涙がこぼれたり目ヤニが気になることはありますか?]
Aさん:[そのようなことはありません。右目は緑内障で見えにくいですがそれ以外に困ることはありません。

無症状の理由

実際、フルオで染めてみてもAさんの右目の角膜にSPKなど上皮障害は観察されません。
通常、下図左のように正常では外に向かう睫毛が、下眼瞼内反では下図中央のようにその先端が角膜を突っついて傷つけます。
しかしAさんの場合は下図右のように反り返った睫毛の腹の部分が角膜に接触するだけなので、角膜上皮は傷つかず、異物感などの症状を生じないのでしょう。

退行性下眼瞼内反の機序と手術

退行性下眼瞼内反の多くは上図左のように本来下眼瞼を支える下眼瞼けん引筋腱膜LER(lower eyelid retractor)が断裂、あるいは瞼板からはずれるために図中央のように瞼板が眼球側に回旋して睫毛が角膜を障害します。
その手術法としては埋没法(everting suture)、眼輪筋短縮術、Jones変法(LER advancement)などが年齢や症状に応じて選択されます。
豊野哲也, 野田実香: 退行性下眼瞼内反症の診断と治療 あたらしい眼科 39:1311-6.2022

症状の有無と手術適応

しかしこのような手術は下眼瞼内反による異物感、流涙、眼脂などでQOLが低下している場合に考慮されます。
上図右のように下眼瞼内反が存在しても睫毛が角膜を障害せず無症状の場合は手術は不要でしょう。
B医師にはそのように指導しました。