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未熟児網膜症発見の歴史と高濃度酸素投与

未熟児網膜症https://meisha.info/archives/893の最初の報告は1942年です。
Terry TL: Fibroblastic Overgrowth of Persistent Tunica Vasculosa Lentis in Infants Born Prematurely: II. Report of Cases-Clinical Aspects. Trans Am Ophthalmol Soc 40:262-84.1942
この論文のタイトルにあるPersistent Tunica Vasculosa Lentisは、通常は満期産で出生した乳幼児の片目に見られる先天異常で、現在は硝子体血管系遺残 PFV: Persistent Fetal Vasculature https://meisha.info/archives/1239と呼ばれる病態に含まれます。
水晶体後面の線維性増殖膜によって白色瞳孔を示すため、網膜芽細胞腫として眼球摘出されることもあります。
Terryはそのような先天異常でみられる目の変化が、7例の早産児の両眼にみられたことを報告しました。

水晶体後部線維増殖症

これは、現在の未熟児網膜症の活動期分類5期(全網膜剥離期https://shop.miwapubl.com/html/upload/book_files/hosoku211014.pdfにみられる水晶体後面の白色増殖膜左図)のことですが、彼はこれを水晶体後部線維増殖症 RLF: RetroLental Fibroplasia と呼びました。
日本においても1950年代には[未熟児に発生する水晶体後部線維増殖症]の病名が使われていました。
工藤高道, 松本和夫, 一戸実, 今田誠一: 水晶体後部線維増殖症に就て. 臨床眼科 15:895-902.1961
後にRLFは網膜の未熟性が原因であることがわかり、未熟児網膜症 ROP: Retinopathy Of Prematurityと呼ばれるようになったのです。

保育器での酸素投与と未熟児網膜症

吸窮迫症候群(RDS)による死亡を減らすため、早産児は生後しばらく保育器内で育てられます。
保育器内の高濃度の酸素がROP発症の最大のリスクであるとの認識がまだ一般的ではなかった日本において、新生児呼吸障害に対する高濃度酸素投与が普及した1960年代にROPの発症が増加して社会問題となりました。https://www.jstage.jst.go.jp/article/sanpunosinpo1949/21/2/21_2_81/_pdf/-char/ja
しかし低酸素でVEGFが増加する https://meisha.info/archives/893ことを考えると、酸素投与は悪くないように思えますが、これがROPを悪化させるのは何故でしょうか。

高濃度酸素→血管収縮→未熟血管の成長停止

赤ちゃんではなく健康成人であっても、血液中の酸素濃度の上昇血管を収縮させます。
高い酸素濃度では組織に届ける血液は少なくて済むので、血管径を細くして血流量を減らす生体の恒常性維持(ホメオスターシス)のためです。
しかし網膜血管網が完成していない未熟児では、成長途中の網膜血管が酸素投与で収縮すると、周辺網膜に向かっていた網膜血管の先端部での伸長がストップします。
そして血液供給のない周辺部の無血管野の神経細胞から放出されるVEGFによって、網膜内ではなく硝子体に伸びる新生血管を生じて未熟児網膜症を悪化させるのです。

周産期管理の進歩とROP発生

酸素投与とROPの関係が明らかになり、必要最小限の酸素投与による周産期管理が普及するにつれてROPの発生は一時抑えられました。
しかし周産期医療のさらなる進歩で、在胎週数が22〜24週で体重が500 グラム程度の超低出生体重児の生存が可能になった結果、極小未熟児での重症の未熟児網膜症の発生で失明リスクは再び増加する傾向にあります。
東範行: 綜説51:未熟児網膜症. 日本眼科學会雜誌 116:683-702,.2012