複視を訴える甲状腺眼症に対する急性期治療はステロイドパルスや放射線外照射などの免疫抑制療法です。https://meisha.info/archives/2540
しかし眼窩の炎症が沈静化した後、拘縮した眼筋の伸展制限による複視が残るケースでは斜視手術を検討します。https://meisha.info/archives/423
その手術時期は[炎症に対する治療終了から6カ月以後で、MRIで炎症所見が消失し、斜視角に変動がない場合]とされます。
三原美晴: 成人の上下斜視の手術. 眼科手術 36:50-7.2023
[斜視角に変動がない]ことはヘス赤緑試験で確認できます。
図左上段は甲状腺眼症の45歳女性の上方視時の写真で、右眼の上転障害のため上下複視を訴えます。
下段の脂肪抑制T2強調MRI冠状断像では右の下直筋断面の高信号と腫大がみられ、右下直筋の伸展制限が右眼上転障害の原因であることがわかります。
その結果図右のヘス赤緑試験では右眼の動きを示す右側の[田の四角]が上転方向から圧迫されて縮小しています。

アナログデータの[田の四角]の変形を数値表記するには、正面視での眼位ズレを表す[田の四角]の中央点(図の丸印)の位置ズレを記録するのがおすすめです。
上図ヘスチャートの右側の右眼では丸印は赤格子縞の中央(矢印)からみて、2マス下方で1マス左方にズレています。
一方左側の左眼では逆に、丸印は赤格子縞の中央(矢印)からみて、2マス上方で1マス右方に位置します(このように[田の四角]の中心点のズレは左右眼で対称性になり、そうでなければヘス赤緑試験の記録ミスの可能性が高い)。
1マスは5度なので、この例では左眼が右眼よりも10度上にズレた左上斜視(L/R 10度)で、かつ左右眼が内方に5度ズレた内斜視(ET 5度)の眼位ズレであることがわかります。
このような中心点の眼位ズレ表記によれば経過中の複視程度の変化を数値にて記録できます。
3か月前から上下複視を自覚したAさんは他院にて撮影した眼窩MRIで両側の下直筋、内直筋の炎症を指摘され、甲状腺眼症の治療目的にY大学病院眼科を紹介されました。
図は経過中のヘス図を並べたものです(ヘスの[田の四角]の大きさに左右差がみられないのは、両眼の複数筋が罹患しているためです)。

治療前の①では左上斜視L/R: 7度、内斜視ET: 5度のズレでした。
ステロイドパルス治療を3クール行いましたがMRIでも炎症はおさまらずむしろ増悪傾向で、ET: 15度→22度と増加しました(②、③)。
そこで眼窩への放射線外照射を行ったところ1カ月後、5カ月後のヘスではL/R: 2度、ET: 15度(④、⑤)と安定していたので、放射線治療後8カ月の時点で斜視手術を行いました。
内斜視に対する両側の内直筋後転を行い、さらに内方回旋斜視に対して両側の下直筋の鼻側移動https://meisha.info/archives/1756を行ったところ、術後L/R: 0度、ET: 3度(⑥)となり複視は消失しました。