• 眼科通院中の患者さんや眼科医向けの役立ち情報

クロロキン網膜症

全身性エリテマトーデス(SLE: Systemic lupus erythematosus)と皮膚エリテマトーデス(CLE)の治療薬として2015年にヒドロキシクロロキンHCQHydroxychloroquine Sulfate)(商品名:プラケニル)が日本でも認可になりました。
しかしこの薬を使う前に患者さんは眼科の診察を受け、使用開始後も最低1年に1回は同様の検査が必要です。
それは何故でしょうか?
実はヒドロキシクロロキンは昭和の終わり頃に失明に至る薬害を引き起こしたクロロキンの代謝産物で、リスクは低いものの、同じ網膜の副作用を生じる危険性があるためです。

クロロキン薬害訴訟

クロロキンは太平洋戦争中、東南アジアで米国軍兵士を苦しめたマラリアに対する特効薬でした。
終戦後、その適応が関節リウマチなどへ拡大され、製薬会社の売れ筋商品になりました。
さらに日本では不確かな研究成果報告に基づいて、海外では適応とはされていない腎炎患者にも投与されるようになりました。
そのため1960年代には数年の投与を受けた多くの腎炎患者さんに、両眼失明に至る網膜色素変性類似の難病が発生しました。
0000106044.pdf (mhlw.go.jp)
薬害としてマスコミで取り上げられた1971年には被害患者の会が結成され、製薬会社、医師、薬務行政を怠った国の3者を相手取って1977年に提訴しました。
12年の法廷闘争の後1988年に国以外の責任を認める第2審判決が出て、敗訴した製薬会社6社は70億円の和解金を支払うことになります。
後藤孝典. クスリの犯罪:隠されたクロロキン情報.  (有斐閣, 1988).

クロロキン製造中止と薬事法改正

学会での再評価でクロロキンの腎炎に対する効果は否定され、日本でのクロロキン製造は裁判期間中の1974年に中止されます。
また当時、すでに承認されている薬剤は効果の十分な検証なしに適応の拡大ができましたが、クロロキン薬害を受けて1979年に改正された薬事法では、適応拡大についても新薬と同様の承認審査が必要とされるようになりました。
https://www.jspe.jp/mt-static/FileUpload/files/PVSseminar20171118yakugai.pdf

クロロキン網膜症

現在クロロキン網膜症を経験する機会はほとんどありませんが、幼小児期に3-4年間ネフローゼ症候群に対するクロロキン内服の既往のある63歳男性(矯正視力:手動弁/0.03)の症例が最近報告されました。
熊谷知幸ほか: クロロキン網膜症の一例. 眼科臨床紀要 12: 628-632, 2019.

クロロキン網膜症は初期にはbull’s eye maculopathyと呼ばれるリング状の中心窩周囲委縮を示し、一部の錐体ジストロフィ症例類似の眼底変化を示します。
(写真は40年前に経験した症例の眼底写真とFA)

クロロキンの投与が中止されても、網膜に蓄積されたクロロキンは何十年も残留して障害は進行を続けます。
その結果網膜血管が狭細化して進行期の網膜色素変性類似の眼底となります。