乳幼児に対する虐待による頭蓋骨あるいは頭蓋内の損傷は虐待性頭部外傷Abusive head trauma: AHTと呼ばれます。
頭部に意図的に加えられた激しい揺さぶりや鈍的外力によって硬膜下血腫や脳実質異常などの器質障害を生じて重症例ではけいれん、意識障害、呼吸障害などを生じ、死亡や重い後遺障害につながります。
以前は乳幼児揺さぶられ症候群Shaken baby syndrome: SBSと呼ばれましたが、揺さぶり以外の頭部損傷機序も含める言葉としてAHTを用いることが推奨されています。
http://www.jpeds.or.jp/uploads/files/AHT_kenkai.pdf
AHTでは高率に両眼性で広範な多層性の網膜出血がみられ、AHT診断の感度は75%、特異度は94%と報告されています。
Bhardwaj G et al: A systematic review of the diagnostic accuracy of ocular signs in pediatric abusive head trauma. Ophthalmology 117: 983-992 e917, 2010.
そのためAHTが疑われる患児の眼底検査を眼科医が依頼される機会は増えています。
写真は硬膜下血腫によるけいれんで小児科に入院中の7カ月女児の眼底で、成人用の無散瞳眼底カメラで慣れたORTが介助者の協力のもと撮影しました。
両眼に多発性にみられる網膜出血は網膜前、網膜表層、網膜深層など多層性にみられ、出血の中央に白色病変を伴うロート斑出血も見られます。
入院や一時保護の対応で虐待から守られていれば、自然経過で網膜出血は吸収されます。
牽引性網膜剥離などを生じることがなければ眼科的な介入は不要です。
黄斑部の網膜下に出血が及んでいなければ視力予後もそれほど悪くないことが予想されますが、OCT検査や視機能評価の検査は年齢的に困難です。
重症例で全麻下にOCT検査と局所ERG検査で重篤な黄斑障害が残った症例も報告されました。
Nakayama Y et al: Electroretinography combined with spectral domain optical coherence tomography to detect retinal damage in shaken baby syndrome. J AAPOS 17: 411-413, 2013.
AHTで両眼の網膜出血を来した生後2カ月児の症例報告で、患児が2歳になった時点で右眼固視不良、左眼の遮閉での嫌悪反応を示しました。
全麻下でOCTとERG検査を行ったところ、右眼の黄斑部網膜の構造が破壊され黄斑局所ERGが消失していました。