大学病院は特定機能病院で、初診の患者さんがいきなりかかることはできません。
他の医療機関からの紹介状が必要で、紹介状なしの場合は数千円の別料金の負担があります。
これは紹介状なしの結膜炎や軽症白内障などありふれた病気(common disease)の患者さんが多く受診して、高度の診断、治療設備をもつ特定機能病院の能力を効果的に生かすことができなくなることを防止するためです。
紹介患者さんが持参する紹介状は、眼科初診外来担当医にとって、患者情報の重要なソースです。
紹介状の記載法にルールはありませんが、視力という眼科検査の基本情報が記載されていない紹介状がときどき見られます。
視力はどうせ大学病院でも測定するだろうと考えて記載しないのかもしれません。
しかし紹介医の診察から大学を受診するまでの数日~数週の期間で視力が変化することもあります。
また紹介医で経過をみていた患者さんが悪化したので紹介するという場合は、病状が安定していた時期も含めての視力の経過は、診断や治療方針を決める上で重要になります。
以下はそのような例です。
左眼の網膜静脈分枝閉塞症(BRVO)による黄斑浮腫の治療目的で45歳の男性が紹介受診しました。
左眼矯正視力は0.7で本人の話では、前医を受診した2週間前に比べると見やすくなっているとのことでした。
BRVOの黄斑浮腫による視力低下は60歳以上の高齢者に多くみられ、急速に浮腫を吸収させる抗VEGF薬の硝子体注射による治療が一般的です。
しかしこのケースのように若い人のBRVO黄斑浮腫は無治療でも自然に回復することがあるので、すぐには高額の硝子体注射治療(3割負担で4-5万円の本人負担)をせずにしばらく経過をみることもあります。
このケースでは本人のいう自覚症状の改善傾向が数字でも明らかならば、自信をもって無治療経過観察の方針としたのですが、紹介状には前医での診察時の視力の記載がありませんでした。
この点を患者さんとよく相談した上で経過をみたところ、2カ月後には無治療で1.2にまで回復しました。
なお紹介状の返書で視力を問い合わせた結果、前医での視力は0.2であったと、後に報告がありました。
紹介状の視力に関して面白い話があります。
かかりつけの眼科医で白内障にて3カ月ごと経過観察されていた78歳女性の患者さんです。
右眼の矯正視力が低下したので手術をお願いしたいとの紹介でした。
しかし患者さん本人には、右目の視力低下の自覚はなく、[むしろ見やすくなったように感じているのに、どうして手術を勧められたのかわからない]と言います。
大学病院での視力検査の結果は以下のとおりでした。
RV = 0.1 (0.8 X -3.0D)
LV = 0.8 (1.0 X -0.5D)
一方、紹介状に記載された視力は
RV = 0.1 (0.2 X -1.0D)
LV = 0.8 (1.0 X -0.5D)
散瞳して診察すると右目には核白内障が進行していました。
核白内障は近視化するものの、矯正視力自体はそれほど低下しないのが特徴です。
しかもこのケースでは右眼が近視化したおかげで、遠見は左眼で、近見は右眼でみるモノビジョンの状態になったのです。
右眼の核白内障の進行による近視化のおかげで、老眼鏡なしで新聞などが読めるようになり、患者さんは自覚的には改善したと感じたようです。
もちろん白内障手術は予定せず、患者さんには[白内障の進行のおかげでモノビジョンになり、近方視が改善したのです。よかったですね]と説明しました。
このケースでは紹介状に視力と屈折の記載があったおかげでストーリーがよく納得できました。
矯正視力検査では、視力がベストになる矯正レンズを選びます。
しかし矯正レンズの値は変化しないことが多いので、前医での視力検査員がその前の受診時の矯正レンズのままで視力を測定したのではないでしょうか。
-1.0Dではなく-3.0Dのレンズを入れれば0.2という不良な矯正視力にはならなかったでしょう。
視力検査結果をみた前医が近視の矯正不足による視力不良とは気づかず、白内障の進行による矯正視力低下と勘違いして手術依頼の紹介状を書いたと思われます。