バセドウ病の治療が進んで、ホルモンの値が正常化したのに、目の症状がよくならないと訴える患者さんがいます。
それはどうしてでしょうか?
バセドウ病は19世紀に病気の名前にもなっているドイツ人医師バセドウBasedowによって、甲状腺機能亢進、甲状腺腫(図上)、眼球突出(図下)の3つの特徴を示す病気として報告されました。
甲状腺は首の前面の皮下にあり、体全体の活動性を高める甲状腺ホルモン(T3やT4)を作る内分泌器官です。
3徴のうちの[甲状腺機能亢進]症状は、汗をかきやすい、手足の震え、動悸、体重減少など全身の症状で、甲状腺ホルモンが過剰に作られるためです。
なおバセドウ病は英語圏では英国人医師Gravesによって最初に報告されたのでグレーブズGraves病とも呼ばれます。
バセドウ病は自己免疫疾患で、自分のからだの成分に反応する自己抗体が悪さをします。
3徴のうちの甲状腺腫は自己抗体のうちの抗TSH受容体抗体が甲状腺を刺激するためです。
その結果、甲状腺ホルモンが過剰に作られて、甲状腺機能亢進症状を示します。
一方、眼球突出はこの自己抗体が眼球の後ろの眼窩で働いて炎症を起こすためです。
眼球突出以外にまぶたや白目の腫れ、眼が動きにくさで生じる複視など、多彩な目の症状がみられます。
バセドウ病を含め甲状腺関連の自己抗体https://meisha.info/archives/420によって生じる目の症状は甲状腺眼症と呼ばれます。
バセドウ病でみられる目の症状の原因は2つに分かれます。
ひとつは過剰な甲状腺ホルモンによる交感神経の緊張です。
甲状腺ホルモンには交感神経を刺激する作用があり、まぶたの中のミュラー筋(瞼板筋)を過度に収縮させます。
もうひとつは甲状腺関連の自己抗体によって眼窩で生じる炎症です。
上下のまぶたを後方に牽引するミュラー筋(瞼板筋)が過剰に収縮するとさまざまな目の所見が見られます。
図上は下方視で上まぶたが下がらず白目が見えるvon Graefe徴候で、Lid lagとも呼ばれます。
図中は上下のまぶたの間の距離が拡大する瞼裂開大です。
図下は上下のまぶたが後方に引かれる眼瞼後退です。
眼窩の骨に対して眼球が前方に飛び出る眼球突出のように見えますが、横から見るとそうではなくまぶた(眼瞼)が後ろに引かれているためだということがわかります。
バセドウ病での目の症状のもう一つの原因は、自己抗体が、目の後方の眼窩内の脂肪組織や外眼筋で起こす炎症です。
主要な自己抗体である抗TSH受容体抗体は甲状腺に働いて甲状腺ホルモンを無秩序に増加させるのとは別に、眼窩の線維芽細胞や脂肪細胞に存在するTSH受容体にも作用して炎症を引き起こします。
その結果、眼窩内容が増量して眼球が突出し、炎症が波及するまぶたや結膜が発赤/腫脹します。
また眼窩内の炎症で肥厚して伸びにくくなった外眼筋のために複視を生じます。
メルカゾール(一般名:チアマゾールMMI)やチウラジール(一般名:プロピルチオウラシルPTU)などの抗甲状腺薬の治療で甲状腺ホルモンが正常化すれば交感神経緊張による目の症状は軽快しますが、抗TSH受容体抗体によって生じた眼窩の炎症に由来する症状はよくなりません。
その治療には眼窩の炎症を抑えるステロイド治療や放射線治療が必要です。