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ベーチェット病 BD 治療のパラダイムシフト

パラダイムシフト(paradigm shift)とは[時代を支配する考え方が劇的に変化すること]です。
筆者の眼科医人生45年の間に起こった眼科治療上のパラダイムシフトとしては白内障手術(1980年代までは眼内レンズ挿入されなかった)や加齢黄斑変性(2007年ころまではレーザー光凝固治療だった)がありますが、ベーチェット病(BD: Behchet disease )の治療もそのひとつでしょう。

以前のBDの視力予後

BDは20世紀までは若い男性患者両眼失明に至る恐ろしい病気でした。
その恐怖は映画やTVドラマにもなったさだまさしの小説[解夏(げげ)]にも描かれています。
BDは非感染性の汎ぶどう膜炎で、前眼部発作の前房蓄膿https://meisha.info/archives/1009が有名ですが、怖いのは黄斑部や視神経の後眼部発作です。
図左の出血を伴う黄斑部の滲出性炎症では矯正視力は0.01です。
図右の黄斑と視神経の萎縮は28歳から発作を繰り返した男性BDの60歳時のもので矯正視力は0.08です。

BDの治療目標

BDの特徴は繰り返す炎症で、一旦消炎して視力が少し回復しても、再発の度に網膜や視神経に不可逆性の障害が蓄積して失明に近づいていきます。
それゆえ現在の炎症を収めることよりも、次回の発作を抑制することが治療の主目的です。
以前はコルヒチンやシクロスポリンなどの内服薬が使用されましたが、それでも後眼部発作を繰り返して0.1以下の低視力となる患者は少なくありませんでした。(全身投与のステロイドは長期使用で発作回数をふやすとされて、昭和の日本ではBDには禁忌でした。)

TNF阻害薬

ところが2007年に炎症性サイトカインTNF-αの阻害薬であるInfliximab: IFX(レミケード)が日本で使用可能となって以後は予後が大きく改善しました。
年間の平均眼発作回数は劇的に減少し、適切に管理されれば視力を失うBDはほとんどなくなりました。
竹内大: 生物製剤の到来によるベーチェット病ぶどう膜炎予後の パラダイムシフト. 日本の眼科 94:20-4.2023
さらに2016年に認可されたAdalimumab: ADA(ヒュミラ)自己注射が可能で治療負担も減りました。

症例

現在39歳男性のYさんは2007年23歳のときに左眼に最初のBDの発作を経験してから、眼科診療所でステロイド点眼と同時にコルヒチンの内服を開始しましたが、左眼を中心に年間4-5回の発作を繰り返していました。
2010年に追加された免疫抑制薬、シクロスポリン内服でも状況は改善せず、2011年から炎症性サイトカインであるTNFαを選択的に抑制するレミケードの点滴治療を開始しました。
すると本人曰く[夢か魔法のように]発作は全く起こらなくなり視力も1.0/1.0に回復しました。
2022年にはヒュミラの自己皮下注射に切り替わり、[発作なし]が11年以上続いていました。
しかし[もう大丈夫だろう]と治療を中断したところ、半年経過したところで左眼に少量の硝子体出血を生じたため、大学を紹介されました。
図はフルオレセイン蛍光眼底造影写真で、左眼では網膜毛細血管からのシダの葉様の蛍光漏出に加えて硝子体出血の原因となった視神経乳頭の新生血管からの漏出がみられます。(矯正視力0.3)

分子標的薬剤や生物学的製剤

レミケードとヒュミラTNFαというマクロファージが産生する炎症性サイトカインを選択的に抑制する抗体薬でありTNF阻害薬と呼ばれます。
分子標的薬剤生物学的製剤のカテゴリーに分類される治療薬です。

TNF阻害薬の効果は絶大で、眼炎症発作を強力に抑えてくれます。
しかし病気自体を治癒させるわけではないので、今後も治療継続していくことになります。
(治療を一生続ける必要があるかどうかは現時点では不明です。)