大学病院の斜視専門外来は子供の患者さんで溢れていて、大人の患者さんはあまりいません。
しかし街中で斜視の大人を見かけることはときどきあります。
結膜炎で眼科を受診した55歳の外斜視の患者さんに、斜視は手術で治せることを説明したところ、手術を受けることになりました。
手術後、患者さんは鏡で目の位置の改善を確認して、もっと早くに手術を受ければよかったと後悔されました。
昔の眼科医は見た目を治すだけの斜視手術を勧めませんでした。
術後の感染症など手術合併症の危険性が今よりも高かった昔は、両眼視機能の改善メリットのない外見だけをよくする手術の意義が重要視されなかったためです。
そのため斜視手術を諦めている大人の患者さんは少なくありません。
多くの斜視は手術で治療します(調節性内斜視は例外)。
その目的は大きく3つに分類されます。
両目が顔の前面についているライオンやふくろうは、立体視によって獲物との距離を判断しています。
人間でも外野フライの捕球や、顕微鏡を使って後嚢の前で水晶体核を削る白内障手術では距離感が重要です。
距離感は両目を使う両眼視機能によって得られます(立体視)。
斜視手術を小児期に行う最大の理由は両眼視機能の維持発達です。
斜視で両目の視線がずれたままだと立体視に必要な両眼視機能が失われるからです。
しかし手術で目の位置を正常にしても大人になってからでは両眼視機能は回復しません。
間欠性外斜視や大角度の外斜位では両眼視機能はある程度保持されていますが、両眼視するために寄り目(輻湊)を持続することで眼精疲労https://meisha.info/archives/910になります。
また両眼視機能のある人が眼筋麻痺などで斜視(麻痺性斜視)になると、見るものが左右あるいは上下にずれる複視https://meisha.info/archives/365を生じて両目を開いているのがつらくなります。
眼精疲労や複視の症状を改善する目的で斜視手術を行うこともあります。
両眼視機能がすでに失われた大人の外斜視の患者さんでは、眼精疲労も複視も自覚しません。
そのような患者さんに対して、[斜視の手術をしても両眼視機能はもどらないし、複視で困ることもないので、今のままでよい]と説明して、手術を勧めない風潮は私が眼科医になった40年くらい前にはありました。
しかし傍目にもわかる明らかな外斜視の人は、外出時に他人から指さされてひそひそ話をされるなど不快な思いをすると言い、そのため外出を控えるなどの精神的なデメリットは小さくありません。
また長い間[人がどう思おうが感知しない]と強がっていた外斜視の高齢者が、孫に[おじいちゃんの目が怖い]と言われたのがショックで手術を希望されることもよくあります。
そのような患者さんを手術すると外見的な見た目が改善して、「外出して人と接するのが苦にならなくなった」、「孫と楽しく過ごせるようになった」などと喜ばれます。
両眼視機能のない大人の斜視では、手術によってQOV(視覚の質)の改善はありませんが、見た目の悪さによる精神的負担が減るというQOL(生活の質)の改善にはつながります。
外見の改善目的だけであっても、斜視手術は積極的に勧められてよいでしょう。