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網膜色素変性の遺伝子治療

網膜色素変性は夜盲と進行性の視野狭窄https://meisha.info/archives/878を主症状とする遺伝性疾患です。
失った視野を回復したり進行を停止させたりする有効な治療法はないとされてきました

網膜色素変性の治療戦略

しかし現在3つの手法での治療研究が世界中で盛んに行われ、一部は実用化しています。
1. 再生医療iPS細胞で作成した網膜の視細胞や網膜色素上皮 RPE 細胞を移植する
2. 人工網膜:光を感じて電流を発生する受光素子の多極電極を網膜近傍に移植して、残存する網膜内層の神経細胞経由で脳に視覚信号を届ける
3. 遺伝子治療:異常な遺伝子を補正する、あるいは正常遺伝子を導入する

網膜色素変性の遺伝子治療

このうちの遺伝子治療には表の4つの戦略があります。
池田康博. 網膜色素変性に対する遺伝子治療 臨床眼科 2021;75:1475-1482.

視細胞保護の遺伝子治療

ヒト色素上皮由来因子hPEDF: human pigment epithelium-derived factorや毛様体神経栄養因子CNTF: ciliary neurotrophic factorなどの神経栄養因子には視細胞死を抑制する作用があります。
これらの因子を過剰に発現させるように改変した遺伝子を、ウィルスベクターに組み込んで網膜下や硝子体内に投与する治療です。
現在日本でも、九州大学でhPEDF搭載のSIVベクターを網膜下に注入する第Ⅰ/Ⅱ相臨床治験が進行中です。

正常蛋白補充の遺伝子治療

レーベル先天盲LCA: Leber’s congenital amaurosisは生後早期に視力が障害されるため網膜色素変性の早発劇症型と考えられる常染色体劣性遺伝病です。
いくつか報告されているLCAの異常遺伝子のうち、RPE65 (retinal pigment epithelium 65kDa protein)異常の患者(LCA2)では、視細胞から運ばれたall-trans retinol-ester を11-cis retinolに変換するretinoid isomerohydrolaseであるRPE65蛋白が欠如します。
そのため視細胞で異性化されたall-trans retinalを再生利用するレチノイドサイクルhttps://meisha.info/archives/1873が機能しないことが視細胞死の原因になっています。
正常RPE65遺伝子を搭載した遺伝子治療薬がすでに米国FDAにて認可され、これを網膜下に投与する治療法が臨床で使用されています。
西口康二. 眼疾患における遺伝子治療の最近の動向と変化. 臨床眼科 2019;73:56-61.
また網膜色素変性の類縁疾患であるコロイデレミアhttps://meisha.info/archives/2910では網膜色素上皮RPEで作られるRab escort protein-1 (REP1)が欠如することでRPE細胞が死滅脱落し、その結果、視細胞が減少します。
正常REP1遺伝子をRPEに導入する遺伝子治療も第Ⅲ相臨床試験が進行中です。

オプトジェネティクスの利用

外界からの光は視細胞外節円板膜に存在するロドプシンや錐体オプシンで受容され、その電気信号が内層網膜の双極細胞から網膜神経節細胞に伝えられます。
末期の網膜色素変性では視細胞はほぼ消滅していますが、網膜神経節細胞は多く残存しています。
そこで光受容蛋白であるチャンネルロドプシン遺伝子を網膜神経節細胞に導入して、網膜神経節細胞に新たに視細胞機能を持たせる戦略です。
これは脳研究で盛んなoptogenetics https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E5%85%89%E9%81%BA%E4%BC%9D%E5%AD%A6に類似した手法です。

ゲノム編集

ゲノム編集ではDNA配列を書き換えることができます。異常遺伝子を直接修正して遺伝病を根本的に治療できる技術です。
現在網膜色素変性のモデルマウスやラットでの研究が行われています。
Suzuki K et al:In vivo genome editing via CRISPR/Cas9 mediated homology-independent targeted integration. Nature 540:144-149, 2016
Giannelli SG et al:Cas9/sgRNA selective targeting of the P23H Rhodopsin mutant allele for treating retinitis pigmentosa by intravitreal AAV9. PHP. B-based delivery. Hum Mol Genet 27: 761-779, 2018